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断捨離しながらどんどん自由に(大川晋平さんご紹介)

断捨離しながらどんどん自由に(大川晋平さんご紹介)

自分の海外放浪生活も長くなりました。自然農という農法でやれる農地を求め、日本を含め世界を放浪し始めたのが2011年。

その後候補地は見つかったものの、もっと見聞を広めたくなり、今は自然農を世界に広めるという名目であちこち訪れては現地で関心を持っている人に会ったりしています。

収入は、お話会やワークショップ、調査、技術翻訳等々、いろいろな組み合わせで得ています。また支出を徹底的に減らすことでなんとか成り立たせています。

いずれ世界の何処かで、なるたけお金に頼らない農的な生活を営むつもりでおり、どこに住んでも収入を得られ、自分にとって不要な支出がなくなるよう、いろいろと試行錯誤しながら経験を積んでいるところです。

コミュニティでお米づくりプロジェクト

自分はもともと、東京のIT企業で普通に勤め人をしていました。思うところもあり、あるとき会社を辞めて大学院に入り直しました。よく農学部ですか?と聞かれるのですが仕事がITだったこともあり学校は情報系です。コミュニケーション研究というのをやっており、その研究の一環で農的ライフスタイルに関するプロジェクトを始めました。

プロジェクトはコミュニティでのお米づくりがテーマで、地元の人や東京の人が集って一緒に無農薬の稲作をやり、収穫を分かち合おうというものでした。東京で学校に通いながら千葉で田んぼとコミュニティを運営するというのはなかなかにきつかったのですが、とても楽しかったのを覚えています。それはまさに自分の世界観が変わった転機でした。

千葉のプロジェクトを終えた後は、学校の休みのたびに次のプロジェクトサイトを探して日本の田舎や東南アジアの高原地帯を放浪しました。参考にするため、世界のエコビレッジを訪ねて周ったりもしました。

その結果、候補地もだんだん絞れてきました。いずれ同じようなコミュニティベースの自然農プロジェクトを世界のどこかでやりたいなと思っています。

収入をどうするか

大学院に通っている頃は、少しだけ続けていたコンサルティング、大学のリサーチ・アシスタントの給与、研究費や奨学金などを合わせ、十分以上の収入がありました。

もちろん後で返さなければならない奨学金もあり、研究費などが付かない期間もあるので勤めていたときと比較して年収は激減しており、その分授業料もかなり免除されました。また東京23区内の寮に月1万円で入れました。

しかし大学院を辞めてからは大学関連の収入がすべてなくなります。その上東京近郊に住むだけで数万円の家賃は覚悟せねばなりません。

当時生き方を変えようと思っていたこともあり、IT関連の仕事のオファーもあったのですが、基本的にすべて断っていました。貯金でしばらくは問題なくやっていけますが、ずっとそういうわけにもいきません。

断捨離開始

その当時はすでに日本や東南アジアの探索をほぼ終えていましたが、さらに世界のあちこちを見てみたいと思い始めた頃でした。同時にインドネシアのバリ島で自然農をされている農園と繋がりができ、田んぼをやらせてもらえる目処がついてきた時期でもありました。

バリ島での生活費、世界を周る旅費をひねり出さねばなりませんでした。

そこで真っ先にやったのは当時住んでいた部屋を引き払うことです。今から思い返しても、日本で住むところを維持するという前提を取り払ったこと、それが本当に大きかった。

大学の寮に入る時点で荷物は相当減らしていましたが、さらに段ボール箱56個にまで減らし、それに収まらないものは実家に使っていない昔の自分の部屋があったので、そちらに送ってしまいました。

段ボールに入れた分については、日本の知り合いのところで無料もしくは格安で置かせてもらっています。

ライフスタイルを変える

部屋と荷物の断捨離で一気に身軽になり、住むところはどこでもよくなりました。東南アジアを含めあらゆる選択肢が目の前に広がりました。

また心理的にも身軽になり、日本人の標準的な生活水準にこだわりもなくなりました。むしろどれくらい「標準」とかけ離れてやっていけるのか試したくなりました。

そこで、バリの自然農田んぼが始まるのに合わせ、現地のローカルな生活に挑戦してみることにしました。まず田んぼを貸してくれた人に紹介してもらい、コスと呼ばれるローカルの人が住むアパートを借りました。

生まれて初めてのコスは、ホットシャワーはなくマンディ(水浴び)、トイレは手桶で流すアジア式、寝床はいつから部屋に放置されているのか分からない、ちょっとウッとなるようなマットレス、キッチンが無いので食事は農園のまかないと40円のローカルな外食、ネットは携帯でテザリング、という感じでなかなかのカルチャーショックでした。

東南アジア、ローカル生活のコスト

このローカル生活、やってみると日本からバリへの渡航費やインドネシアのビザ代を含め、月平均のコストはわずか25千円程度で済みました。渡航費やビザ代を除いた正味の生活費は1万円台というところです。

しかし現地でも縁ができるうち、ホットシャワー、ベッド、水洗トイレ、ネット、キッチンのある生活に移行できました。その分コストは増えましたが、おそらく月に34千円の違いでしかなかったはずです。

バリの美しい田園風景の中、無農薬無施肥の自然農でお米を作り、自然農畑で育った野菜を食べながら過ごす日々でした。生まれて初めて棚田を作ったときの感動は今も忘れません。同時に大学院にいた頃は一向に進まなかった自分の研究もどんどん研ぎ澄まされていきました。

この時期がまた自分の世界観を変えました。バリ人が当たり前にしているように、自然に寄りかかって周囲と助け合えれば、お金をほとんど使わなくても豊かに生きることが、本当にできるのです。

日本でプロジェクトをやっていたときは、お金の問題はものすごく大きかった。その制約は絶対のものではなかったし、日本にいなくても、というかいないほうが、知的欲求は満たされたのです。

物々交換でさらにコスト減

さらに、普通ならお金で買わねばならないものをタダにすることもできます。自分は自然農をみんなにもっと広めたいと思っているので、行く先々でこれまでの経験をお話会という形でシェアしています。またそれ以外のテーマでセミナーやワークショップをやったりもします。

ワンコインくらいの会費で、カフェや呼んでくれた人の自宅などでやります。このとき、会費以外にほしいもののリストを作っておいて、家で余ってたり、もう使わないものがあったらちょうだいね、ということにしています。

こうすると、情報と不用品を交換できるので、お互いにノーコストで必要なものを手に入れることができます。もらうものは旅に必要な品のこともあるし、服や食料のときもあります。

あるいはITビジネスのコンサルをしてほしいとか、単純に自分の話が面白いからというので家に招いて泊めてくれる人もいます。これも情報と宿泊費の交換とも言えます。お金を稼いで使わなくても、生きる糧を得ることはいくらでもできるのです。

必要な収入を確保する

こうして必要な収入は激減しました。いろいろやってみると、東京で必要と思っていた生活費はなんだったのか?と思うことしきりでした。

とは言え支出はゼロにはなりません。月に25千円のバリ生活でも、年間30万円が必要になります。

東南アジアで生活するのであれば、1つ有利なのは金利です。高度成長真っ只中の新興国では、資金需要は大きく金利も非常に高い。インドネシアでも銀行の定期預金が56%、リスクの高いところだと8%というものもあります。

お金のある人なら、仮に300万円をインドネシア・ルピアに換えれば、バリのローカル生活の半年分程度を利子で賄えます。ただもちろんリスクは大きいし、それではやはり赤字です。

海外にいても利子以外の収入を得るには、やはりネットです。自分はIT関連の技術翻訳、調査などが主で、お話会やワークショップはどちらかというと縁づくりという感じです。

またお話会などで何らかのネットサービスの登録をお願いし、アフィリエイトを稼ぐこともあります。

宿泊予約サイトのBooking.comに登録すると、条件次第でお互いにお金が入ってきます。登録した人が利用し続けると、それに応じた料率が入り続けるハピタスというポイント・サービスもあります。単発のものより継続的に収入になるので効果的です。

今後はブログを収益化できないかと検討中ですが、いずれにせよ年間30万円でいいならハードルはかなり低いです。

縁と恩送り

物々交換や宿泊との交換、ネット上での仕事などは、もちろんモノや寝床を提供してくれたり、仕事を振ってくれる人がいてこそ成り立ちます。自分はそういう人たちと、旅の中で出会いました。逆に東京で勤めていた頃のコネクションは不思議と立ち消えました。

農地を探していた頃は、ブログやHPから有機農業や、環境関連などで活動している様々な人やNGOなどにコンタクトを取りました。エコビレッジ訪問やイベント、オンラインサロンで知り合った人もいれば、カウチサーフィンでお世話になったり、FacebookTwitterで話しかけてつながりができることもありました。千葉のプロジェクトに来てくれた人のつても大いに助けになりました。

そうした人の縁で、日本では東京、大阪、神戸、広島、島根、九州各地、東南アジアではベトナム、フィリピン、バリ、カンボジア、マレーシアとほぼ全域で、自分の話を聞いてくれ、泊めてまでくれる人が現れました。

様々な方と会う中で、仕事をいただくこともありました。Facebookでたまたま知り合った人がお話会に来てくれたりということもあれば、お話会で出会った人に仕事を振ってもらったことも。また今日本で荷物を置かせてくれているのも、旅の中で出会った人たちです。

必死に動いている内に縁ができ、その縁に助けられてまた次が見えてくる、そういうことの連続だったように思います。おかげで儲かりはしませんが、収支のバランスは取れるようになりました。

これまでいただいたご恩はとても返せるようなものではありません。だから自分は若い人を応援することで、恩送りしていきたいと思っています。

今のところ日本の若い人向けに、自然農のお話会や英会話教室、仮想通貨のワークショップなどを無料でやったり、海外に出たい人の相談に乗ったりしています。カンボジアの若いIT人材に無料レクチャーの活動もしています。でもだいたいは何かお返しにくれたり、してくれたりしますね。

過渡期をサポートする

しばらく旅は続きそうです。バリのようなおもしろい場所が世界にまだあるのではないかと思うと、もっと知らねばならないし、発掘してみんなに知らせたいと思ってしまいます。

いつかは世界の何処かで、自然農を気軽に実践し、その技術と哲学を学べる農園を作りたいと思っています。農的なライフスタイル、できれば自然農を広めていきたい人を世界に送り出す拠点ともしたいので、今世界のあちこちでお会いしている人々はその有望な受け入れ先です。

そのときに、稼ぐための仕事ではなく共感をベースとしたネットワークで暮らしを立てていきたい。自分のネットワーク、収入とコストの構造は完全に変わりました。何より納得して生きていられるので気持ちがいいです。

そして自分と似たようなシフトを必要とする人もたくさんいると思っています。特にこれからの若い人は視野を広げてほしい。農園はそのようなサポートの場です。今はそのための過渡期だと思っています。

作者:大川晋平

旅が住処の素浪人。自然農者で情報学者でITコンサル

大川さんのブログ: https://airtanah16.blogspot.com/

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